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テンプレート:基礎情報 会社 株式会社セガテンプレート:Lang)は、業務用ゲーム機器、家庭用ゲームソフトの開発、製造、販売、アミューズメント施設運営などを行う日本のゲームメーカーである。セガサミーホールディングスのグループ企業。

概要編集

社名の由来は、前身であるサービスゲームスジャパン株式会社が出していたジュークボックスのブランド名「テンプレート:Lang」と「テンプレート:Lang」の頭2文字を結合。社歌は「若い力」(作詞: セガ社員の高橋栄一 作曲: 若草恵)。

アーケードゲーム市場では、現存するゲーム会社としては最古参であり、店舗経営・筐体販売・ゲーム供給などを手がける総合的なメーカーとしては最大手。

実績編集

アーケードゲームの中期には鈴木裕が中心となり、世界初の体感ゲーム機『ハングオン[1]を開発したのを皮切りに、『スペースハリアー』、『アフターバーナー』などの大型筐体ゲームを中心としたタイトルを供給。以降は『アウトラン』、『バーチャレーシング』、『バーチャファイター』、『デイトナUSA』、『バーチャロン』、『バーチャコップ』など様々なタイトルをリリースする。特にバーチャファイターは「情報技術イノベーション常設研究コレクション」としてスミソニアン博物館にも展示されている[2]

家庭用ゲームでは、セガ・マークIIIメガドライブセガサターンドリームキャストなどをリリースしており、セガサターン・ドリームキャストは任天堂ソニー・コンピュータエンタテイメントの2社と共に家庭用ゲームハード3大メーカーとして鎬を削るも、どちらも販売戦略の失敗で他の2社の後塵を拝する結果となった(詳細は日本におけるゲーム機戦争#1990年代中期 32ビットゲーム機シェア競争に詳しい)。宣伝でセガサターンでは藤岡弘、演じるせがた三四郎を起用(第49回NHK紅白歌合戦でも藤岡本人がせがた三四郎として出演している)、ドリームキャストでは当時セガの専務であった湯川英一を起用したCMを放映していた。

また、ゲームセンターの定番であるUFOキャッチャープリント倶楽部を開発し、女子学生や家族連れとアーケード市場を結びつけることにより、ゲームセンターを“総合的アミューズメントゲーム施設”としても展開させた[3]。近年では『甲虫王者ムシキング』や『オシャレ魔女 ラブandベリー』を稼動させ、幼稚園~小学校低学年の子供に親までも巻き込んだ商品展開を進めている。また、このラブandベリーに出てくる服や靴などを製品化し、ゲームメーカー初のアパレル参入としても話題になった[4]

ゲームセンターの形態模索として、遊園地の中間的なガルボ、都市部若者向のギーゴ、クラブセガなどの店舗も展開。アーケード・コンシューマ外でも、テーマパークジョイポリスセガカラのカラオケや、ロボピッチャジリオンなどのトイズ部門(セガトイズ)もある。

その他、自動車教習所向けのシミュレーターも開発し納入している(これをアーケードゲーム化した『免許の鉄人』も存在する)。

同業他社との関係編集

近年はコラボレーションによるソフト開発や、アーケードゲーム基板「Triforce」の共同開発などで、かつての競合他社である任天堂に急接近している。ドリームキャストの撤退公表以降、当初はゲームキューブ向け新作タイトルの供給に注力した他、後年にはWiiバーチャルコンソール向けメガドライブソフトを提供したり、自社の代表的キャラクターであるソニックが任天堂のゲームに登場したり、アーケード版のリズム天国を共同開発したりと、その提携には拍車がかかりつつある。

また、アミューズメント事業において対戦格闘ゲーム鉄拳シリーズ)やレースゲーム頭文字D ARCADE STAGE湾岸ミッドナイト MAXIMUM TUNEの関係)などの分野の製品や店舗運営事業での競合相手であるバンダイナムコゲームスとも「良き競争相手」といえる関係を築いており、業務提携の発表[5]や物流事業の統合[6]、アミューズメント機器向けのネットワーク基板「ALL.Net」の共同構築・推進[7]、任天堂と同じくアーケードゲーム基板「Triforce」の共同開発、アミューズメント機器用のICカード(Aimeとバナパスポート)の共通利用化など、様々な提携が行われている。

時事的な沿革編集

1997年1月23日エニックス(現:スクウェア・エニックス)がプレイステーション用ソフト『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』の制作を報道向けに大々的に発表したことを受けて、「1997年10月1日付でバンダイ(現在はナムコと経営統合し バンダイナムコグループの一員)と合併し、新社名をセガバンダイとする」と発表。しかし、バンダイは創業者一族が経営に関わっている(当時)家族経営のような企業風土、セガは大川会長率いる巨大企業グループの一員であり、同時に自身も企業グループのリーダーであるが、基本的にはサラリーマン社長が経営するビジネスライクな企業風土であり、元々社風が全く異なる上に、合併計画発表後にバンダイより発売された『たまごっち』が大ヒットした事も(諸説)あり、バンダイ社内でセガとの合併を疑問視する声が次第に大きくなり、同年5月27日、バンダイからの申し入れにより合併合意は解消された。後に作家の清水一行がこの一連の騒動をモデルにした小説「ITの踊り」を上梓している。

その後、家庭用ゲーム機でゲームボーイシリーズの任天堂や、プレイステーションシリーズのソニー・コンピュータエンタテインメントとのシェア争いに敗れ経営が悪化。アメリカで行われていた特許訴訟では、和解金数千万ドル(推定)の捻出を迫られ事実上の敗北となった。リストラ計画に対しても、元社員に対し不当解雇を行った事で裁判となり敗訴。湯川英一を起用した、自虐的なドリームキャストのCMは人気を集めたが、肝心の販売に結びつける事が出来なかった。同機の心臓部であるグラフィックチップ(Power VR2)の、歩留まりが向上しなかった事が原因である。それにより増産が望めなかった事で、需要に見合った供給を果たせなかった。結果的に初回出荷量の大幅減、予約キャンペーンも急遽取りやめといった「売りたくても、売りに出せない」という苦悩が続く非常事態となり、ハード販売の停滞からソフトメーカーの呼び込みも進まなかった。

1999年6月に価格を29,800円から19,900円へ値下げして再立ち上げを図り、TSUTAYAと提携してソフトのレンタルを実施するなどソフトメーカーに新しい収益の場を提供するものの、ソフトメーカーにとってソフトのリリースや、参入にまで至るだけの関心はハードのシェアの伸び悩みから得られにくかった。

CSK会長だった大川功の個人資産約850億円の譲渡などで支援を受けるものの、2001年3月31日、唯一製造し続けていたゲームハード機ドリームキャストの製造を打ち切り、ハード機製造から完全撤退することになった。ドリームキャストとセガサターンの有償修理は2007年9月28日必着分まで受け付けていた。

これ以降、セガはソニー・コンピュータエンタテインメントや任天堂など、他社のゲーム機向けのソフトウェア供給に専念している。『バーチャファイターシリーズ』、『サクラ大戦シリーズ』、『ソニックシリーズ』等の人気シリーズも他社ハードへ移行した。

大川功の死後、CSKは企業間取引への事業集中のためセガ株の売却を考えるようになり、2003年前半にサミーナムコとの合併話が出たが破談。しかし同年12月、サミーがCSKの保有するセガ株22.4%を453億3400万円で買収し筆頭株主となり、セガは事実上サミーの傘下に入った。また2004年10月1日付けで持ち株会社セガサミーホールディングス(セガサミーHD)を設立し、セガはサミーと共にセガサミーHDの100%子会社となり経営統合した。

家庭用のネットワークゲーム運営の面においても必ずしも順調ではなく、2005年に日本で開始されたMMORPGの『RF online』で、開始当初に急遽サーバの増設を行うほどの集客を獲得したものの、限定アイテムの配布時期の延期、データは既に存在しているマップの実装を長期間見送る、規約違反者への対処が甘いなど、運営上の不手際が多々あり人離れがしばしば見かけられ、2007年の2月、わずか1年半足らずでサービス終了となる事態を招いた。

2008年頃から2009年頃まで、アミューズメント施設事業やコンシューマー事業が芳しくない状態が続き、2009年に約560人の希望退職、アミューズメント施設110店舗の閉鎖を行うことを発表した。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震を受けて、東北地方のアミューズメント施設の臨時閉店、および関東地方のアミューズメント施設の一部臨時閉店、店内外節電の徹底、営業時間の12時開店・18時閉店への短縮を発表した。また、セガサミーグループとして2億円の義援金を寄付するほか、一定期間、全国アミューズメント施設の売り上げの一部とALL.Net P-rasを採用したアーケードゲームタイトルの課金収益(セガ店舗問わず)の一部も義援金として寄付すると発表した。

主な不祥事・事件 編集

パワーハラスメント 編集

1999年にセガは、配属先の決まらない社員を私物の持ち込みは禁止とし、人事部の許可がなければ外出することが出来ない、なしの部屋に待機させていたことが発覚した。この部屋に入れられ、会社の退職勧告拒否解雇された元社員の1人が不当解雇撤回などの仮処分を申し立て、東京地裁解雇権の乱用としてセガに賃金仮払いを命じたが、セガはこれを不服として提訴した。また、2001年4月1日にもセガは、子会社への転籍指示に従わなかった社員12人をパソナルーム(自己研修部屋)と呼ばれる人事調整室の一室に出勤させ、仕事を与えず午前9時から午後5時45分の退社時刻まで何もせず待機するように命じる辞令を社員に通知し、自己都合退職に追い込む事を目的としたパワーハラスメントではないかと波紋を広げた。このことに関し、労働問題に詳しい弁護士は「退職勧奨のレベルを超え典型的な退職強要だ。野放しにしておけば世に横行しかねない。転籍は事前に本人の同意が必要なことは判例でも確立している。一片の業務命令でやれるものではない」と発言している[8]

東京ジョイポリス転落死亡事故 編集

2005年4月18日にセガが運営するテーマパークジョイポリス死亡事故が発生した、詳しくは『東京ジョイポリス転落事故』を参考。

オールスターパーク岐阜指切断事故 編集

2007年10月6日にセガが運営するゲームセンターのオールスターパーク岐阜で、ターゲットストライカーというサッカーボールを蹴って的を狙うサッカーを題材としたアーケードゲーム小学校1年生の子供チェーン指先を挟まれ切断重傷を負う人身事故が発生した。このことに関し、セガは「カバーがあれば事故は防げた。運営が不適切だった」と、安全管理上の過失を認めている[9]

個人情報漏洩 編集

2008年11月3日家庭用ゲームソフトデバッグ調査業務アルバイトへの応募者合計115名分の氏名年齢住所本籍地生年月日電話番号などの個人情報3月19日から11月3日までの間にGoogle マップ経由でインターネット上の外部に漏洩していたことが発覚した[10]。このことに関しアルバイト応募者へは、お詫びとして『戦場のヴァルキュリア』の500円クオカードが贈呈された[11]

セガ代々木店過呼吸事故 編集

2010年6月30日にセガが運営するゲームセンターのセガ代々木店で、30分間におよぶ発声練習の際に18~24歳のアルバイト従業員の女性6人が過呼吸となり、病院に搬送された[12]

会社沿革編集

  • 1940年 アービング・ブロムバーグ、マーティ・ブロムリーの親子が、ハワイ米軍基地内のジュークボックスメンテナンス事業を目的とし、スタンダードゲームズを創業。後にサービスゲームズ(アメリカ)に改名。
  • 1952年 ジュークボックスの輸入販売を目的として二人のアメリカ人、レイモンド・レメアー、リチャード・スチュワートによりサービスゲームズ(日本)創業
  • 1954年 在米ユダヤ人のデビッド・E・ローゼンがローゼン・エンタープライゼスを設立
  • 1960年 サービスゲームズジャパン解散、営業部門の日本娯楽物産(リチャード・スチュワート代表)と製造部門の日本機械製造(レイモンド・レメアー代表)とに分割し新設する
  • 1964年 日本娯楽物産、日本機械製造を吸収合併
  • 1965年 有限会社ローゼン・エンタープライゼスと合併。株式会社セガ・エンタープライゼスに変更。社長はローゼン
  • 1968年 中山隼雄、エスコ貿易を設立
  • 1969年 ガルフ・アンド・ウエスタン・インダストリーズ インクの傘下に入る
  • 1973年 アタリ『ポン』のコピーゲーム『ポントロン』を発売。タイトーの『エレポン』とほぼ同時に、日本初のテレビゲーム(会社)となる
  • 1978年 インベーダーブーム時うまく稼げなかった失地回復を計る為、アメリカのアーケードビデオゲーム会社、グレムリンを買収。セガ・グレムリンとする
  • 1979年 エスコ貿易を買収。エスコ貿易社長の中山、代表取締役副社長に就任
  • 1983年 8ビット家庭用ゲーム機SG-1000発売。8ビットパソコンSC-3000発売。日本初のレーザーディスクゲーム「アストロンベルト」発売
  • 1984年 CSKグループの資本参加により、CSKグループ傘下に入る。8ビット家庭用ゲーム機SG-1000II発売。中山、代表取締役社長就任
  • 1985年 世界初の体感アーケードゲーム機『ハングオン』発売。UFOキャッチャー発売。8ビット家庭用ゲーム機セガ・マークIII発売
  • 1986年 株式 店頭登録。体感アーケードゲーム機『スペースハリアー』と『アウトラン』発売。
  • 1987年 体感アーケードゲーム機『アフターバーナー』発売。8ビット家庭用ゲーム機マスターシステム発売
  • 1988年 株式 東京証券取引所市場第二部上場。アーケードゲーム機『テトリス』発売。16ビット家庭用ゲーム機メガドライブ発売
  • 1990年 同株式 第一部指定。カラー液晶携帯ゲーム機ゲームギア発売
  • 1991年 16ビットパソコンテラドライブ発売。メガドライブ用周辺機器メガCD、そして同機用ゲームソフト『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』発売。クレーンゲーム機NEW UFOキャッチャー発売
  • 1992年 フルポリゴンアーケードゲーム機『バーチャレーシング』発売。アメリカで特許侵害をめぐりジョン・コイルと巨額裁判になる。セガは和解金として日本円で57億円をコイルに支払った。
  • 1993年 3D対戦格闘アーケードゲーム機『バーチャファイター』発売
  • 1994年 メガドライブ用周辺機器スーパー32X発売。32ビット家庭用ゲーム機セガサターン、そして同機互換業務用汎用CGボードST-V発表。3D対戦格闘アーケードゲーム機『バーチャファイター2』発売
  • 1995年 シール作成機プリント倶楽部発売
  • 1997年 株式会社バンダイとの合併を発表(後に白紙撤回)
  • 1998年 経営破綻した株式会社コンパイルから『ぷよぷよ』の権利を買う。家庭用ゲーム機ドリームキャスト発売。ドリームキャスト互換業務用汎用CGボードNAOMI発表。入交昭一郎、代表取締役社長就任
  • 2000年 ソフトウェア開発部門を分社化。アミューズメント施設運営部門を地域会社のセガアミューズメント東日本・東京・東海・関西・西日本に分社化。商号、株式会社セガ・エンタープライゼスから株式会社セガに変更。大川功、代表取締役会長兼社長就任
  • 2001年 家庭用ゲーム機製造販売から撤退を表明。大川功より850億円の個人資産の寄付を受ける。佐藤秀樹、代表取締役社長就任。社員18人が解雇や賃金カットを不当だとして訴訟を起こす。後、これら行為を撤廃する方向で和解。
  • 2002年 Xbox互換業務用汎用CGボードChihiro発表。ニンテンドーゲームキューブ互換業務用汎用CGボードTRIFORCE発表。セガアミューズメント地域会社5社、合併し株式会社セガアミューズメントに
  • 2003年 開発子会社のオーバーワークスとワウ エンターテイメントが合併し、セガワウへ社名変更。ユナイテッド・ゲーム・アーティスツソニックチームへ、セガ・ロッソヒットメーカーに統合。デジタルレックスを新設。筆頭株主がCSKからサミーに変更。小口久雄、代表取締役社長就任
  • 2004年 開発子会社のセガワウ、SEGA-AM2、ヒットメーカー、アミューズメントヴィジョンスマイルビット、ソニックチーム、デジタルレックスをセガ本体へ統合。サミーと経営統合、セガサミーホールディングス設立
  • 2005年 セガとしては初のPCアーキテクチャをベースとした業務用汎用CGボードLINDBERGH発表。株式会社セガアミューズメントをセガ本体へ統合
  • 2007年 これまで会長CEOだったサミー出身の里見治が社長CEO兼COO(6月19日)に就任、社長COOであったセガ出身の小口は副社長に。セガカラを運営していたセガ・ミュージック・ネットワークスをBMBに売却
  • 2008年 業務用汎用CGボードRINGシリーズ (RINGEDGE, RINGWIDE) 発表。セガ出身でナイキジャパン統括本部長、日本マクドナルドCOOを経た臼井興胤が社長COOに就任、里見治は会長CEOに

製品編集

アーケードゲームのタイトル一覧 (セガ)」および「:Category:セガのゲームソフト」も参照

家庭用ゲーム機編集

アーケードゲーム基板編集

ゲーム作品編集

各ジャンル毎に五十音順に並んでいる。

パドルボールゲーム


アクションゲーム


シューティングゲーム


レースゲーム


スポーツゲーム


対戦型格闘ゲーム


アクションアドベンチャーゲーム


シミュレーションゲーム


ロールプレイングゲーム


アドベンチャーゲーム


パズルゲーム


音楽ゲーム
ベクタースキャンゲーム

詳細はベクタースキャンを参照



レーザーディスクゲーム


オンラインゲーム


メダルゲーム


トレーディングカードゲーム型アーケードゲーム


その他のアーケードマシン

ミリオンセラーとなったソフト 編集

セガより発売されたゲームソフトで、日本国内での売り上げ本数100万本を突破したものは、現時点では1995年セガサターン用『バーチャファイター2』と2006年ニンテンドーDS用『オシャレ魔女♥ラブandベリー DSコレクション』の2本のみである(『ソニックアドベンチャー』、『ソニックアドベンチャー2』については、リメイク作品の『ソニックアドベンチャーデラックス』、『ソニックアドベンチャー2バトル』を含めると100万本を突破している)。

国外ではジェネシス(国外版メガドライブ)、ドリームキャストゲームボーイアドバンスニンテンドーゲームキューブなどでの『ソニック・ザ・ヘッジホッグ / ソニックアドバンス / ソニックアドベンチャーシリーズ』や、スポーツゲームではESPNブランドもしくはSega Sportsブランドでの北米3大スポーツ「NBA / NFL / NHL」シリーズなどでミリオンセラーを連発しており、また、ドリームキャスト用ソフト「シェンムー」や「クレイジータクシー」、プレイステーション2版「バーチャファイター4」などは日本国内、海外を含めた全世界累計での販売本数がミリオンセラーを記録している。

任天堂との共同開発(海外ではセガの販売)である「マリオ&ソニック AT 北京オリンピック」「マリオ&ソニック AT バンクーバーオリンピック」は2作あわせて1,900万本(全世界)の大ヒットとなっている[13]

実写作品編集

アミューズメント施設店舗 編集

現在の店舗 編集

現行店舗については、セガアミューズメント施設店舗情報を参照

運営するテーマパーク編集

グループ企業編集

脚注 編集

外部リンク編集

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